2010年7月30日金曜日

近鉄大阪線 二上駅(奈良県香芝市)

近鉄大阪線 二上駅(奈良県香芝市)です。の横に二上変電所があります。 
二上という地名は、万葉集でも詠まれる二上山のふもとにあるからです。といっても二上山登山口までは1.3kmほど離れています。登山されるのでしたら近鉄南大阪線 二上山駅が最寄りです。 
(二上駅の地図)

警察は今すぐスピード違反を取り締まるのをやめなさい!(交通事故統計を見て)

北海道で先月に取締まりをうけたスピード違反免停講習に行ってきました。
苫小牧市から支笏湖へ向かう道道で、制限速度50km/hの道路を84km/hで走っているところをステルス式のネズミ取り機で取り締まられてしまいました。
通常の60km/h制限の道路だったら24km/hオーバーなので、違反点数2点で反則金15,000円で済んだのですが、34km/hオーバーということで違反点数6点で30日間の免停という行政処分が下りました。 
この免停講習というのは曲者で、丸1日の講習を受けてその日に行われる試験の結果により、免停期間が最長29日短縮されるというものですが、 13,800円の講習代を取っておいて、講習内容は試験の出題されるところをそのまま教えるという手抜き講習なのです。
それは違反した本人が悪いのだからとやかく言うつもりはありませんが、配布されたテキストを見て愕然としました。それは第1章に「交通事故の原因」という統計が記されているのですが、その事故原因は我々が想像をしているものとはかけ離れた内容でした。
下の表は全事故の原因となる違反内容の統計です。
全事故の原因で最も多いのが、「安全運転義務違反(安全不確認わき見運転動静不注視など)」です。実に全体の7割以上を占めています。交差点安全進行一時不停止信号無視歩行者妨害徐行違反と続いていきます。ここでアレって思いませんか?警察が最も取締まりを強化しているスピード違反酒気帯び運転はほとんど事故に繋がっていないのでしょうか?

続いて死亡事故に限定した場合の違反内容の統計を見て見ましょう。
死亡事故でも多いのが、安全運転義務違反です。全体の6割弱です。その中でも、漫然運転わき見運転という不注意による事故が半分以上です。最高速度違反は7.6%、酒気帯びは1.2%です。 
警察事故防止を目的として、取締まりをしている速度違反取締まり酒気帯び検問などで仮にそれらの事故が0%になったとしても事故は1割も減らないという事になります。もちろん速度違反酒気帯び運転は悲惨な結果を生むことは事実ですが、この事故原因をもっと周知させて事故全体を減らすようにすることが大事ではないのでしょうか?白バイ隊員の方に聞いたことがあるのですが、最近はなり手になる方が少ないそうです。反則金が予算化されているというところからも、取締まり自体が形骸化されていて、一生懸命働いている警察官自身も嫌になっているのでしょう。
身内の中でも疑問に思われている「取締まり」は誰も幸せにしないと思うのです。皆が応援してくれるような行政を期待したいものです。 

動画発見!1993年F-1日本グランプリ リカルド・パトレーゼ ダンロップカーブにて

1993年F-1日本グランプリにて、リカルドパトレーゼ(ベネトン)がダンロップカーブクラッシュするシーンが偶然観客によって撮られている映像がありました。しかも目の前!  
このクラッシュシーンはテレビでは全く映っていないものでしたから、かなり貴重なモノだと思います。

この年の暮れに放映されたF-1総集編で城達也氏が「パトレーゼ曰く、時速200kmからのクラッシュ」と言っていた、その一部始終です。

2010年7月28日水曜日

聖徳太子の飼犬 雪丸塚(奈良県北葛城郡王寺町)

聖徳太子を奉る法隆寺から南西へ約4kmほど離れた達磨寺(奈良県北葛城郡王寺町)の境内に「雪丸塚」と書かれた犬の像がありました。聖徳太子の飼犬であったといわれる雪丸の像です。雪丸は非常に賢く、人間とお話し出来たそうです。雪丸が死んだのちに聖徳太子雪丸の像を作らせたといわれています。  
(雪丸塚の地図)

松永久秀の墓(奈良県北葛城郡王寺町)

織田信長が徳川家康に「この老人は、主君三好氏を滅ぼし、将軍を暗殺、東大寺大仏に火をつけた。常人では一つとして成せないことを三つも成した男よ。」と言って紹介した男がいる。戦国随一の梟雄といわれた松永弾正(松永久秀)である。
織田信長に背き、信貴山城に追いつめられ名茶器「平蜘蛛茶釜」に爆薬をつめて爆死するという最期を遂げた彼のお墓が、信貴山のふもとに近い達磨寺(奈良県北葛城郡王寺町)の境内にひっそりとたたずんでいる。
(クリックすると松永久秀の墓の地図がでます。)

2010年7月26日月曜日

Canonデジタル一眼レフカメラEOS10Dを買いました。EOSkissと比較

デジタル一眼レフカメラを買いました。っていっても中古ですが^^;
CanonEOS10Dっていう機種ですが、2003年に発売された古い製品です。発売当時の販売価格は約20万円くらいでしたが、カメラのキタムラで中古品が14800円で売ってました。
画素数は630万画素、今の製品は画素数が大きくて高精細であるものの、データーも大きくなってしまうのでインターネットにアップロードするにはちょうどいいと思っています。
これまで使っていたのは、同じくCanonEOSkissデジタルNという機種です。EOSkissデジタルの2代目で、2005年に発売しました。画素数は800万画素。
こう見ると今回買った製品は、古くて性能が低いように思ってしまいがちですが、どうなのでしょうか?
簡単に撮り比べて検証してみたいと思います。 





(←EOSkissN)

(EOS10D→)
 55mm/F5.6/ISO100

55mm/F5.6/ISO400
55mm/F5.6/ISO800
55mm/F5.6/ISO1600






 (それぞれ画像をクリックするとオリジナルサイズで表示します。)
左のEOSkissデジタルN(以下、EOSkiss)はやや明るめの画質のようです(少し白飛びしてる?)。ホワイトバランスは両方とも「オート」です。
EOS10Dは、ISO800でも遠近感が失われたりノイズが出たりしていませんが、EOSkissはISO400でも平面的になりノイズが見えはじめています。
ISO1600の画像に限っては、 EOSkissの方がノイズが目立ちにくいですが、まるで印刷物のように平面的です。EOS10Dはノイズが目立ちますが、柿の実の立体感が失われていません。また、手前の柿に付いている黒い傷がEOSkissだと全く分からなくなっています。
ISO1600のノイズは意見が分かれるところですが、画質はEOS10Dが上まわっていると思います。

EOS10Dの特徴
 
1、ボディがアルミダイキャスト製
EOSkissデジタルNはプラスチック製で重量が485g、EOS10Dは790gもあります。
重たいのは持ち運びに難がありますが、シャッターを押したときにブレにくくしっかりと持てる利点があります。
2、バッテリー容量が大きい
EOS10Dのリチウムイオンバッテリーは1390mAh。EOSkissデジタルNは720mAh。
その差は倍近くあります。もちろん消費電力の違いはあるにせよ容量が大きいと旅行の時などに便利です。
3、EF-Sレンズが使えない><
これはマイナス点ですが、デジタル専用のEF-SレンズがEOS10Dでは使えません。従来の銀塩カメラ用のEFレンズのみ使えます。当時はEF-Sレンズが発売されていなかったのですね。
EOSkissデジタルNは両方使えます。
4、立ち上がりが遅い
これも古い製品ならではの欠点ですが、電源を入れてから使えるようになるまで2~3秒ほど待たされます。慣れてしまえば問題はありません。

2010年7月25日日曜日

懐かしのTV 「8時だヨ!全員集合オープニング」中国語字幕バージョン


8時だヨ!全員集合のオープニング動画を見つけましたが、中国で放送されていたものでしょうか?中国語の字幕付きでした。 
いかりや長介が「ゆけー!」とかけ声をかけているのですが、「開始」と訳されていたのがちょっと笑ってしまいました。たぶん「いってみよー」とかも「開始」と訳されてしまうでしょうね。「開始」じゃ勢いが伝わってきませんよね~ 

懐かしのTV 「日本石油CM」星野さん、車は?


「NEWレーサー100プリーズ!」「星野さん、車は?」「いけねー」 
星野一義選手の日本石油CMです。「いけねー」は当時流行りましたね~ 

2010年7月21日水曜日

吉野川湧水(奈良県吉野郡下市町)

奈良県吉野郡下市町の吉野川のほとりに名水が湧くスポットがあります。国道309号 千石橋南詰交差点を東に400mほどすすんだところにあります。 
前には停車できるスペースがありますので気軽に訪れることができます。すぐ横には吉野川が流れていますので、川のかと思いきや、山から流れてきた湧き水をホースで引っ張ってきているようです。
(吉野川湧水の地図) 

2010年7月18日日曜日

大阪信愛女学院(大阪市城東区)

友人宅へ行くときにいつも駐めている駐車場が満車だったため、うろうろしていると大阪信愛女学院の前の駐車場が空いていたので駐めました。よくこのあたりに来ますが、こんなところに高校があるとは知りませんでした~。
 (大阪信愛女学院の地図)

2010年7月13日火曜日

懐かしのTV 「ロート製薬 新パンシロンCM」パンシロンでパンパンパン!


パンシロンでパンパンパン! 
ロート製薬 新パンシロンCMを見つけました。これも流行りましたね。お酒を飲まない子供でも歌ってました。 
大橋巨泉さん、お若いですね。クイズダービーの司会をされていた関係で、冠スポンサーであるロート製薬が重用してましたね。

2010年7月10日土曜日

懐かしのTV 「任天堂 ファミコンウォーズCM」かーちゃん達には内緒だぞー


ファミコンウォーズがでーるぞー。こいつはどえらいシミュレーション~。」 
任天堂ファミコン用ソフト「ファミコンウォーズ」の発売予告CMです。1986年くらいだったでしょうか?たぶん全国的に旋風を巻き起こしたと思います。小学校高学年だった私の周りでも、このCMのマネをする人が多かったです。 
「かーちゃん達には内緒だぞー」っていうフレーズが子供心をくすぐったのでしょうね。 CMの影響は強かったのですが、肝心のゲームの内容をあまり覚えてませんので大したことはなかったのだと思います。
ちなみに発売後は、CMの歌詞が「ファミコンウォーズがでーたぞー。」に変わってました。

2010年7月9日金曜日

動画発見!1992年F-1モナコグランプリ「セナvsマンセル」

1992年F-1モナコグランプリ レース終盤セナマンセルがデッドヒート!
三宅アナの「ここはモナコ、モンテカルロ!絶対に抜けない~」という実況が名言だったですね。懐かしかったので引用してみました。  

序盤2位セナをぐんぐん引き離して、30秒近くのリードをしていたウィリアムズのマンセルが突如ピットイン、タイヤを交換してコースインしたときには既にセナが前に出ていた。
日本人は、三宅アナの実況が冴え渡っていたため印象に強いレースだったですが、海外の放送局は「あ~あ、マンセル抜かれちゃったよ。」ってな感じであっさりとしていたため、さほど印象に残っていないようです。

2010年7月3日土曜日

懐かしのTV 「日本船舶振興会CM」僕らが作る緑のアフリカ


「古い大地に新しい芽が芽生えはじめた。僕らが作る緑のアフリカ。この子たちの明日のために、残してあげたい緑の大地。」 
日本船舶振興会CMアフリカバージョンの第2段でしょうか?当時子供だった私は、全く意味がわからなかったですが、いまこのCMを見ると目頭がじーんと熱くなってきます。 

2010年7月2日金曜日

懐かしのTV 「日本船舶振興会CM」アフリカは明日への夜明け


「よみがえる大地、息づく命、アフリカはいま明日への夜明け。この子たちの明日のために、残してあげたい緑の大地。」 
1980年代に放映されていた日本船舶振興会CMです。当時私は意味が全くわかってなかった子供でしたが、最初の「ラーニンパティ~・・・・」っていう民族の歌はみんなでよくマネをしたものでした。
今から考えると、深いCMを子供のために放映していたんだなとつくづく思います。笹川会長みたいな奉仕の心が強い方はもう現われないのでしょうか。 

2010年7月1日木曜日

懐かしのTV 「日本船舶振興会CM」アフガン難民キャンプ


「いま世界には国を追われ住むところを失った人々が大勢います。日本船舶振興会では、1974年から国連難民高等弁務官に全面協力。笹川会長はパキスタンのペシャワール難民キャンプを訪れ、多くの人に救いの手を差し伸べました」 
日本船舶振興会は1980年代の子供が見るアニメの時間帯に積極的に進出して、子供の教育を一生懸命やっていました。いまはこんなCMは減ってしまいましたが、もっと増えることを望みます。
当時の私は、残念ながら全く意味がわかってませんでしたけど・・